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東京高等裁判所 昭和59年(行タ)58号 決定 1985年1月25日

申立人 下坂浩介

被申立人 日本弁護士連合会

主文

本件申立てを棄却する。

申立費用は申立人の負担とする。

理由

一  本件申立ての趣旨及び理由は、別紙(一)の申請書及び同(二)の「執行停止決定申請書の補充書」と題する書面記載のとおりであり、これに対する被申立人の意見は、別紙(三)の意見書記載のとおりである。

二  本件記載によれば、申立人は札幌弁護士会所属の弁護士であるが、同弁護士会から昭和五三年一〇月六日付けで退会命令の懲戒処分を受けたので、被申立人に対し審査請求をしたところ、被申立人は、昭和五九年一〇月二日付けで札幌弁護士会のした右懲戒処分を変更し、申立人に対し六か月間弁護士の業務を停止するとの裁決(以下「本件裁決」という。)をし、本件裁決は同年一〇月五日申立人に告知されたことが疎明される。そして、申立人が本件裁決の取消しの訴え(当庁昭和五九年(行ケ)第二六〇号。以下「本案事件」という。)を提起したことは当裁判所に顕著であり、申立人は、本案事件の判決の確定に至るまで、本件裁決の効力の停止を求め、本件申立てに及んだものである。

そこで、申立人に、本件裁決により生ずる回復の困難な損害を避けるため緊急の必要があるか否かにつき判断する。

申立人は、まず、本件裁決により当時受任していた事件について弁護士としての業務活動ができないため、和解の場合は依頼者本人が出頭して和解条件等を考えているが、申立人が同行しなければ不利益な条件で和解をさせられるおそれもあり、また、業務停止期間が六か月の長期に及ぶため、この間事件の期日を変更することも極めて困難であり、更に、依頼者が新たに他の弁護士に事件を依頼するには、相応の費用がかかり事実上難しいので、本件裁決によつて依頼者に種々の回復困難な損害を与える旨主張するが、行政事件訴訟法二九条により裁決の取消しの訴えの提起があつた場合に準用される同法二五条二項にいう「損害」は、申立人自身の損害に限られ、特段の事情のないかぎり申立人以外の第三者の損害を含まないものと解するのが相当であり、本件全資料によるも、右特段の事情の疎明は存しないから、本件裁決に因つて受任事件の依頼者に生ずる損害をいう申立人の前記主張は失当であつて、採用できない。

次に、申立人は、弁護士専業で他に職や収入の途は全くないので、本件裁決により申立人自身に回復困難な損害が生ずる旨主張する。

本件記録によれば、申立人は、本件裁決告知当時、単独で法律事務所を経営し、妻とその娘(妻と前夫との間の子)を扶養していたものであるが、弁護士の他には、全く職を有せず、収入の途もないこと、本件裁決告知当時、申立人が受任していた事件(以下「現受任事件」という。)の概要、その進行程度及び次回の予定等は、別紙(一)の申請書添付の「要処理事件」並びに「処理済事件、訴訟等」の各一覧表記載のとおりであること、ところで、昭和五九年一一月現在、申立人は、裁判上の和解に基づき、単独で若しくは妻と連帯して、(一) 川端満に対し金一一万五〇〇〇円の、(二) 株式会社七十七銀行に対し金一〇万円の、(三) 石狩中央信用金庫に対し金七万七〇九八円の(ただし、弁済期は同年一二月二五日)、毎月の各賦払金(不均等払い)の支払義務を負担しているほか、(四) 信用保証協会に対し金一〇万円の、(五) 専和信用組合に対し金一〇万円の、(六) 道央信用金庫に対し金二〇万円の、各月賦払金、(七) 借家の家賃として毎月金七万五〇〇〇円、その他家族三名の一か月間の日常諸経費や生活費などに約七二万円、以上合計約一四八万七〇九八円の支出を要する状態にあること、前記裁判上の和解に基づくその後の各賦払金は、昭和六〇年四月四日(本件裁決告知時から六か月後)までに限定すると、(一)の債務が昭和五九年一二月末日限り金一一万五〇〇〇円、同六〇年一月から同年三月まで毎月末日限り金一三万円宛、(二)の債務が昭和五九年一二月から同六〇年四月まで毎月一日限り金一〇万円宛、(三)の債務が昭和六〇年一月、二月が各月二五日限り金二〇万円宛、同年三月二五日限り金一九万二〇〇〇円、とそれぞれ定められていること、申立人は、本件裁決によりその告知を受けた時から六か月間弁護士の業務を停止され、この間、新規の事件の受任はもとより、現受任事件についても弁護士としての業務活動を禁じられるため、経済的に困窮した事態に陥ることが疎明される。

しかしながら、本件処分の目的、性質、内容と依頼者の利益を併せ考慮すれば、申立人は、前記業務停止期間中といえども、現受任事件の依頼者本人が訴訟事件の指定期日の変更申請をするのを補助すること、あるいは現受任事件の代理人を辞任して依頼者に他の弁護士を紹介し、その者に法律事務を引き継がせること、並びに、現受任事件に関し本件裁決告知前に行つた法律事務及び現受任事件以外の処理済み事件(以下「処理済み事件」という。)について報酬を受領することは差し支えないと解されるばかりか、現受任事件を辞任した場合においても、前記業務停止期間満了後、その依頼者から再び委任を受けて法律事務を行うことができるのである。しかして、本件記録によれば、申立人には、本件裁決告知当時、相当多数の現受任事件があつたこと(前判示のとおり)、また処理済み事件で報酬未受領のものも数件あり、当該報酬の全部又は一部を受領しうる可能性があること、更に、現受任事件の依頼者と申立人との信頼関係は厚く、仮に申立人が現受任事件を一旦辞任したとしても、前記業務停止期間満了後、再び依頼者から受任を受けうる蓋然性が高いこと、ちなみに、前記裁判上の和解に基づく(三)の支払約定は、本件裁決告知後である昭和五九年一〇月二二日にされたものであり、しかも、それは前判示の如く前記業務停止期間中の各賦払金の支払を内容とするものであることが疎明されている。

してみれば、本件裁決により申立人は困窮した経済状態に陥ることが予想されるが、いまだ、これをもつて、回復の困難な損害を避けるため緊急の必要があるとまでいうことはできない。そして、本件全資料を精査するも、他に、本件裁決により生ずる回復の困難な損害を避けるため、本件裁決の効力を停止すべき緊急の必要があることについての疎明はない。

なお、申立人は、本件裁決の効力が申立人に対する告知時に発生したとすれば、本案事件の係属中に前記業務停止期間が満了し、申立人は「裁決の取消しによつて回復すべき法律上の利益」を有しないとして本案事件の訴えの利益を否定され、訴えを却下される可能性が大であるから、それでは申立人の実質的な救済を閉ざされる結果となる旨主張するが、本件記録によれば、申立人は、昭和四一年四月札幌弁護士会に入会し、被申立人に備えられた弁護士名簿に登録されている会員で、弁護士登録年数が通算一〇年以上の者であると窺われるので、申立人は、前記業務停止期間が経過した後においても、昭和五一年日本弁護士連合会会規第一九号(日本弁護士連合会会長選挙規程)第一四条により、本件裁決に対し不服の申立てができなくなつた日から三年を経過するまでは、被申立人の会長選挙における被選挙権を有しないという不利益を受けていることになり、行政事件訴訟法九条の適用上、なお本件裁決の取消しによつて回復すべき法律上の利益を有する者とされる余地があるというべきである(最高裁判所昭和五八年四月五日判決)から、申立人の右主張を採用することはできない。

三  以上の次第で、本件申立ては、その余の点について判断するまでもなく理由がないのでこれを棄却することとし、申立費用の負担につき行政事件訴訟法七条、民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり決定する。

(裁判官 後藤静思 奥平守男 橋本和夫)

別紙(一) 申請書

申請の趣旨

被申請人が昭和五九年一〇月二日付で申請人に対してなした懲戒処分の効力は懲戒処分取消請求事件の本案判決確定に至るまで停止する。

との裁判を求める。

申請の理由

一、被申請人の申請人に対する懲戒処分の経緯

(一) 昭和四九年三月一五日新川博久が札幌弁護士会に申請人に対する懲戒の申立をした。

(二) 札幌弁護士会は昭和五三年一〇月六日左のとおり懲戒処分をした。

主文

弁護士下坂浩介に対し、本弁護士会から退会を命ずる。

理由<省略>

(三) 申請人は直ちに被申請人に対し審査請求と処分の執行停止の申立をした。

被申請人は同月一一日、札幌弁護士会がした処分の効力を審査請求に対する裁決に至るまで停止した。

被申請人は昭和五九年一〇月二日次のとおり裁決をした。

主文

札幌弁護士会が昭和五三年一〇月六日付でなした審査請求人に対する懲戒処分を次のとおり変更する。

審査請求人に対し六ケ月間弁護士の業務を停止する。

理由<省略>

二、被申請人の右裁決は次のとおり違法である。

(一) 札幌弁護士会の処分には手続的に違法がある。

そもそも、弁護士法並びに札幌弁護士会懲戒手続規定は、弁護士に対する懲戒手続について詳細な規定を設けていない。

これは、弁護士会が法律家の集団であるから、法律等に詳細な規定を設けなくても、憲法第三一条その他の法律の精神に則り公正、妥当な運用が期待できると考えたためである。

弁護士の懲戒処分は刑事処罰そのものではないとしても、弁護士の身分に重大な影響を及ぼすものであつて、処分の内容によつては刑事処分を受けるよりも重大、かつ苛酷な苦しみを強いることがある。

例えば、弁護士に対する除名とか退会命令は、刑事による短期の自由刑を科されるよりも影響は大きい。

業務停止の場合は、罰金はもとより、執行猶予付き懲役刑よりも影響や苦しみが多いといいうる。

そこで弁護士に対する懲戒手続は、刑事手続と同じか百歩を譲つても民事訴訟手続よりは厳格な方法によるべきである。

例えば

1、懲戒委員の除斥、忌避は懲戒手続にも当然準用されるべきである。

2、懲戒委員が更送したとき手続の更新、又それに準ずる方法によらなければならない。

特に、手続が公開になつている場合はなおさらである。

3、証拠の申出があれば、懲戒委員会はその採否の決定をしなければならない、決定には理由を付すのが当然である。

一旦採用決定をしたものについて、後日採用を取消す場合には、明示の意思表示により、かつ理由を付さなければならないのは当然である。

4、提出された書証を証拠にするためには、その成立が真正であることの立証がなければならない。

相手方(懲戒の申立を受けたもの)の同意がなければ、書証の成立が真正であることが証明された場合のほか、証拠に供してはならない。

5、公開に付された場合には公開の席上提出、取調べられた書証や、公開の席で尋問がなされた証人、本人以外は証拠に供してはならない。証拠調については採否、弁論等を「終結する」場合にはその旨を懲戒を受けようとするものに示さなければならない。

不意打ちを許さないという原則は、民事手続よりも厳格でなければならない。

しかるに札幌弁護士会懲戒委員会は

(1) 懲戒委員藤井正章が別の民事事件で訴訟代理人となつて本件申請人を訴えており、公正を欠くおそれがあるのに札幌弁護士会は、右藤井が懲戒委員であることを秘して、突然申請人に対する退会命令を発する審査手続に関与させた違法がある。

(2) 札幌弁護士会懲戒委員らは昭和五三年四月全員交替し、吉原正八郎以下が新委員に選ばれたとして、同年八月本件懲戒処分をしたが手続の更新、またはこれに準ずる方法は全くされなかつた。

いや故意に吉原らが委員になつたことを隠匿していた疑いが強い。これは前記理由により違法である。

(3) 札幌弁護士会懲戒委員会に於て申立人は多数の証人並びに被審人本人の尋問申請をし、そのうち新川博久については反対尋問の途中、新川好美、得永クニ子は尋問決定がなされ、尋問期日も定められていた。

しかるに同弁護士会は右のような手続中であるにも拘らず、突然申請人に対し懲戒処分を敢行した。これが違法であることは論を俟ない。

これに対し被申請人(懲戒委員会)は縷々弁解をするが、いずれも理由がないことは、本案事件の訴状請求原因事実中に於て詳細に指摘するとおりである。

このように被申請人は、専ら札幌弁護士会をかばうのに窮々として同弁護士会の違法、不当に目をつむり、事件の実体判断に立入つて本件処分をした違法がある。

(二) 本件申請人の行為は弁護士の品位を高めこそすれ品位を失うべき非行にあたらないのはもとより、所属弁護士会の秩序または信用を害する行為にもあたらないから、申請人を業務停止六ケ月にした被申請人の処分は重大な事実誤認がある。

1、北海道の閑村に七人兄弟の三女として生まれた得永クニ子は札幌の新川博久方に住込店員として雇われたが間も無く雇主の新川博久に肉体関係を強要されて深い関係になり、三回も妊娠中絶をさせられたが、ようやく昭和四八年春、新川から店を借りて独立して、美容院の店を持つようになつた。

ところが同年六月二六日、新川に店の出入口を封鎖され営業出来なくされたため、得永が札幌弁護士会の東 由明弁護士に店を営業出来るようにするため依頼したところ、東弁護士は新川の弁護士となれ合いで、即決和解で翌四九年三月末日限り店を明渡すことにしてしまつた。

このため得永は移転先の店を探したりするための資金等が必要であり申請人に依頼して、昭和四八年一〇月から翌四九年二月にかけて数回新川に対し長年の貞操侵害による慰藉料その他として金三〇〇〇万円または五〇〇万円を請求する内容証明郵便を発送し、さらに新川の親族らに対して、新川に催告に応じるよう説得を求める文書を発した。

なお内容証明郵便の口調が次第に荒くなつて行つたが、その理由は新川博久が女性に家屋を貸していたが、明渡しをさせるためその女性に傷害を加えさらに明渡請求の裁判を起こした件で、被告の女性の依頼で申請人が応訴並びに反訴を提起して勝訴(明渡請求は棄却、逆に女性から新川に損害賠償請求の判決が出た)した件があり、新川の悪どさを十分に知つており、右得永の件についても数回の内容証明郵便に対し新川が応答することがなかつたため次第に口調が荒々しくなつていたものである。

また新川は、いわゆる競売ブローカーで、莫大な資産を有し脱税のため住民票を転々とさせている等のこともあり、厚顔無恥な人物であつて申請人の前記内容証明郵便に対し「畏怖」するようなことは考えられない。

その新川が村部弁護士と相談して懲戒請求に及んだというのが本件の概要である。

2、被申請人の認定は事実の本質を忘れ、一面のみを捉えたもので失当である。

正常な弁護士であれば、本件の全記録を精査すれば懲戒せずか、悪くても戒告程度のものであると考えるであろうし、また正常な裁判官が、本件事件について新川から申請人に対して慰藉料等の請求がなされた事件を担当したとすれば、請求棄却か、認容するとしてもせいぜい五万か一〇万円程度のものであろう。

これが札幌弁護士会では退会命令(刑事であれば無期か懲役一〇年に匹敵するであろう。)又、被申請人では業務停止六ケ月(刑事事件であれば三年から五年の実刑に相当するであろう)となるのであるから、全く恐れ入つたものである。

3、被申請人が何故、かような重い処分を敢えてしたかを考えてみる。

曽て昭和四四年三月札幌弁護士会は、会員の入江五郎弁護士に対して業務停止六ケ月の懲戒処分をした。

これも、もともと懲戒事由の全くない事案であつて、同氏は即刻審査請求をしたが日弁連の審査が終えるころ、同氏が当時の綱紀委員長であつた吉原正八郎弁護士に対し、不当な裁決をしたことによる損害賠償として三〇〇〇万円を支払えという内容証明郵便を出した。

そのことが日弁連懲戒委員会の知るところとなり、吉原氏や札幌弁護士会に損害賠償請求をしないように話合いすることを求めた。

入江弁護士はやむを得ずこれに応じ、口頭でかつ黙示的に損害賠償請求をしないことを約束した。

それから間も無く日弁連は入江弁護士に対し懲戒しない旨の裁決をした。

昭和五八年一一月八日、日弁連懲戒事件担当の大橋事務職員から被申請人の代理人であつた入江五郎弁護士に対し電話で

「都合のよいとき日弁連に出頭していただきたい。日弁連がお願いするのであるから費用(出張旅費のこと)は日弁連で払います。」

ということであつた。

それで同弁護士は同年一一月一八日午後一時、日弁連に赴いた。本件申請人とその妻も同行した。

日弁連は、代理人である入江弁護士だけが来るものと考えていたのに本人が同行したため困惑し、結局約束の時間から三〇分ほども遅れて入江弁護士並びに申請人夫妻の同室を認めた。

日弁連からは懲戒委員会の戸田委員長、河合主査、柳沢主査らが出席した。

話は、

「申請人の主張をまとめて提出して欲しい。例えば札幌弁護士の認定は事実に反するというのか、そういう事実はあるが懲戒事由に当らないというのか」等であつた。

わざわざ日弁連懲戒事件担当の職員が電話をかけて、代理人の入江弁護士を呼出すことを必要とする要件としては不自然である。

思うに、日弁連が話合いを示唆するために、同弁護士を呼んだのだが申請人本人が同行したためにそれを言い出せなくなり、その場をつくろうために前述の他の話をしたものと思われる。

日弁連は、呼んだ目的を達しなかつたため、入江弁護士の出張旅費も支払わなかつた。

日弁連が考えた和解の話は、決して新川との間の和解ではなく、軽い処分であれば東京高裁に提訴しないかどうかの話合い、または札幌弁護士会との和解であろう。

この件は、当初昭和五八年の夏に、委員が合宿して検討して、早期に結論を出す予定であつた。

ところが札幌弁護士会との関係が難行して、委員が交替する同年一〇月までに結論を出すことが出来ず、前記の処置に及んだが結局翌五九年三月五日に最終手続(本人・代理人の意見陳述)をし、その後同年一〇月に至つてようやく裁決をすることができたのである。

要するに本件は事案そのものはそれほど複雑でも難しいものでも無く問題は本件の事実から離れて、札幌弁護士会の顔をどの程度立てるかについて頭を悩ませたものである。

被申請人は、札幌弁護士会が申請人を退会処分にしたことについて、札幌弁護士会懲戒委員会の審理の過程に於ける申請人の発言について「強烈に自己の立場を弁明している。」、「審査請求人および弁護人らの強烈な意見の開陳」として、申請人や弁護人の態度がよろしくなかつたため処分が重くなつたという見方をしている。

しかし、もともと懲戒にあたらない事案であれば、懲戒委員会でどのような態度、どのような発言をしたとしてもその態度、発言自体が別な懲戒事由にあたるかどうかはともかくも、その事件が懲戒事由に転化するものではない。

被申請人の業務停止六ケ月というのは、本件事案に対する妥当な処分内容ではなく、札幌弁護士会の退会命令との均衡上、それ以上軽く出来なかつたという限界点を意味する。

4、仮りに百歩を譲つても、被申請人の本件処分は不当に重すぎるものである。その理由はすでに述べた事に含まれている。

三、被申請人の本件処分の執行により、申請人は回復困難な損害が生じる。

申請人は弁護士専業で他に職、収入の途は全くない。

申請人の事務所の弁護士は申請人一人であり、本件処分当時受任して裁判所に係属中または裁判外で示談交渉等をしている事件は別表のとおりである。

本件処分がなされた後、現在に至るまでの状況は民事の証人、本人尋問は裁判所が尋問をしてくれている。

和解の場合は本人が出頭して和解条件等を考えているが、代理人弁護士がいなければ不利益な条件で和解をさせられる恐れもある。

業務停止期間が六ケ月の長期に及ぶ為、この間事件の期日を変更することも極めて難しい。

依頼者が、新たに他の弁護士に依頼する為には、相応の費用がかかり事実上難しい。

右の様に、本案事件において申請人が勝訴しても、申請人に対する日弁連の処分が執行されれば、その損害は回復困難である。

四、懲戒の効力発生時期

1、現在日弁連が懲戒処分の処分発生時期についてとつている解釈・運用の立場は、懲戒の処分が懲戒を受ける弁護士に告知されたときに、その効力を生ずる、との立場であるが、従前は、いわゆる確定時、懲戒を受けた弁護士が結果的に争う途のなくなつた時に懲戒処分の効力が発生すると解していた。

日弁連が確定時説から告知時説へと立場を変更したのは、昭和四三年の最高裁大法廷判決が告知時説を採用したことによる。

(以上弁護士懲戒手続の研究(一)日本弁護士連合会調査室編参照)

2、告知時説は、訴の利益がないとの理由で却下される可能性即ち、懲戒処分取消訴訟の係属中に業務停止期間が経過する可能性が大であり、従つてそれでは実質的な救済がなされないことになる。

3、よつて、執行停止の決定を賜りたい。

疎明方法 (追完)

添付書類

一、訴訟委任状 一通

要処理事件等<省略>

別紙(二) 執行停止決定申請書の補充書

申請の理由

四、懲戒の効力発生時期

1 懲戒は、懲戒の処分が懲戒を受ける弁護士に告知されたときに、その効力を生ずる。

「告知されたとき」とは、言渡期日に弁護士が出頭した場合は、言渡のとき不出頭の場合は懲戒書が当該弁護士に送達されたときをいう。公示送達の方法によつた場合は所定の期間を経過したときである。

現在日弁連が懲戒処分の処分発生時期についてとつている解釈・運用の立場は右のとおりであるが、従前は、いわゆる確定時―懲戒を受けた弁護士が終局的に争う途のなくなつた時に懲戒処分の効力が発生すると解していた。日弁連が確定時説から告知時説へと立場を変更したのは、昭和四二年の最高裁大法廷判決が告知時説を採用したことによるものであるが、以下に効力発生時期をめぐる解釈の変遷について詳述する。

(1) 旧弁護士法時代には弁護士の懲戒処分の効力発生時期が確定時であることは法文上明確であつた。

すなわち、旧弁護士法五八条は「本法ニ規定スルモノノ外懲戒ニ付テハ判事懲戒法ヲ準用ス」と規定し、判事懲戒法四六条は「懲戒裁判所ノ裁判ハ確定ノ後ニ非サレハ之ヲ執行スルコトヲ得ス」と規定していたからである。

そして、現行弁護士法においては法文上の明文はないが、日弁連は主に右の沿革から懲戒処分の効力発生時期は確定時であるとして実務を運用してきたのであるが、この運用に対して特に疑問は出されなかつた。

(2) ところが、昭和三九年九月の行審法の制定に伴い、弁護士法五九条、六一条、六二条が改正され、懲戒処分を受けた弁護士は上級庁たる日弁連に対し、「審査請求」をすることができるとされ(法五九条)、弁護士の懲戒処分も一般行政庁の行う懲戒処分と同様に扱われることとなつた。

そこで、行審法三四条一項が「審査請求は、処分の効力、処分の執行又は手続の続行を妨げない」と規定していることから、弁護士の懲戒処分も一般の行政処分と同様に告知によつて直ちにその効力を生ずる、つまり確定の概念を入れる余地はないと解する説があらわれた。

また、弁護士法はその一七条三号において退会命令と除名については確定したとき弁護士名簿の登録を取消す旨規定しているが、戒告および業務停止については確定したとき効力を生ずる趣旨の規定を何らおいていないことから、前二者の処分については確定時に、後二者の処分については告知時にそれぞれ効力が発生するという見解も主張されるに至つた。

(3) しかし、日弁連はこれらの諸説が唱えられるに至つてもその立場を変えることなく、昭和四〇年一二月二四日付の各弁護士会に対して発した「弁護士に対する『懲戒処分の効力発生時期』について」と題する通達において前記両説に対する反論を掲げ、いずれの懲戒処分も確定をまつて執行されるべきである旨を宣明した。

右通達に添付された日弁連懲戒委員会の意見書が述べている確定時説の論拠は概ね次のとおりである。

(一) 判事懲戒法を準用していた旧弁護士法においては、懲戒はその種類のいかんを問わず、その裁判確定後でなければ執行力はないものとされていたが、このような扱いは弁護士の職務が、訴訟という法律上厳格な一連の手続の遂行の上で重要な役目を担うものであり、また他面その懲戒処分は弁護士の権利身分に重大な影響を及ぼすものであるから、その処分は特に慎重明確な手続を経て行われることを必要とする趣旨に基づいたものであり、この精神は現行弁護士法もこれを引きついでいる。

(二) 現行弁護士法には、かような趣旨をあらわす完全な明文を設けていないが、それはむしろ同法がこのことを沿革上の理由からも当然の事理として前提していたがためであり、法一七条三号が退会命令、除名について「確定したとき」と規定しているのはその思想のあらわれである。

(三) ただ同条の規定は登録の取消しに関する規定であるために、たまたま退会命令と除名についてだけその趣旨が明定されているが、このことからそれらの処分と業務停止および戒告の処分との効力発生時期を異にすべきものと考えるべきではない。効力発生の時期を異にする趣旨であるならばその旨を推知すべき規定がおかれるべきであつたろうし、もし除名の処分の効力は確定をまち、業務停止の処分の効力は即時に発生するものと仮定するならば、かえつて除名よりも軽い業務停止の場合は直ちに業務が停止され、重い除名処分の場合には確定するまで業務が行えるという奇妙な結果を招来する。

(四) 弁護士法のこの趣旨は、行審法が設定され、その三四条一項ができてもこれによつて当然に変更を受けるものではなく、弁護士法は懲戒処分について行政不服審査法一条二項にいう「特別の定め」をした法律に該当する。

(4) ところが、昭和四二年九月二七日最高裁大法廷判決は、業務停止処分に関する事案についてではあつたが、弁護士に対する懲戒処分は告知時に効力が生ずるという解釈を全員一致で採用し、従前の日弁連の見解と対立する意見を表明した。

(5) 右の判決の出現により日弁連もこれまでの見解を改めることを余儀なくされ、昭和四三年一月二〇日の理事会において、「懲戒処分は、当該会員にこれを告知した時直に効力を発生する。」ことを承認し、以後告知時説による取扱いをして今日に至つている。

2 以上のとおり、告知時説は最高裁の採用する見解であり、学説の賛同を得、日弁連もこれに従つたのであるが、その後も告知時説に対する批判がなされている。

このような批判者の指摘するところ以外にも、告知時説によると戒告あるいは業務停止処分を受けた弁護士からの審査請求を棄却した日弁連の裁決に対する取消訴訟の訴の利益との関係で問題が生ずることを指摘しておきたい。すなわち、告知時に処分の効力が発生すると解すると戒告は告知と同時に処分が終了しているし、業務停止についても訴訟の提起前あるいは係属中に業務停止期間が経過することが殆んどであろう。

そこで、これらの処分を受けた者は、行訴法にいう「裁決の取消しによつて回復すべき法律上の利益」を有しないとして訴の利益を否定され、訴を却下されることが考えられるのであり、現に、業務停止処分の裁決取消訴訟において右のような考え方で訴を却下した判決が存するのである。

このような考え方は、弁護士の名誉、信用をあまりに軽くみすぎているし、また、戒告と業務停止処分の場合について事実上取消訴訟で争う余地を失わしめるものであり、賛同することはできない。従前の判例は訴の利益があることを前提としていたし、特にその旨を明示した判例もあつた。しかし、右に述べたとおり訴の利益を否定した判決が現われているのであり、今後の判例の動向に注目する必要があろう。

3 なお、前記最高裁判決から八年後の昭和五〇年六月二七日、最高裁判所(二小)は、税理士に対する懲戒処分について、税理士法全体の趣旨からみて確定時に効力が発生するとの判断を示しており、注目に値する。

(以上日本弁護士連合会調査室編 弁護士懲戒手続の研究(一)より)

別紙(三)

意見書

一 意見の趣旨

本件申立を却下するのが相当である。

二 理由

1 「回復困難な損害」はない。

懲戒処分が告知と同時にその効力を生じるものとされる(最高裁判所昭和四二年九月二七日大法廷判決民集第二一巻七号一九五九頁)以上、当該懲戒処分が依頼者のみならず、裁判所やその他の事件関係者等に予期しない迷惑やある程度の損害を与えることは己むを得ないところであり、懲戒処分告知前に指定を受けていた口頭弁論期日等に被懲戒者が出頭できないという事態は戒告以外の懲戒処分に一般的に伴うものである。従つて、申立人が主張する懲戒処分告知前に指定を受けていた口頭弁論期日等へ申立人が出頭できないとの事情は、行政事件訴訟法第二五条第二項に定める「回復困難な損害」に当たらないものと解される。

2 「緊急の必要性」がない。

申立人の本件執行停止の申立については、行政事件訴訟法第二五条第二項に定める「緊急の必要」についての主張及び疎明がない。

従つて、申立人には、執行停止をすべき緊急性がないものである。

3 訴の利益の存在

最高裁判所は、業務停止期間が経過した後においても訴の利益はある旨、昭和五八年四月五日判示しており(判例時報一〇七七、五〇)、このように訴の利益がある以上申立人の主張の如く、懲戒処分取消訴訟の係属中に業務停止期間が経過する可能性が大であるとしても、本件執行停止の理由にはならない。

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